平成 27年度研究計画書
研究主題
地域活動を再評価するー戦後愛媛県の地域活動に学ぶー
研究目的
本研究の目的は、戦後、特に昭和 30年代から愛媛県南予地域に根付いた保健活動を介しての地域活動がどのように展開していったのかを再確認し、そこから学び得る活動原理を現代社会において再評価することにある。また、地域活動を単なる団体の活動と位置づけるのではなく、個々人の中においてどう理解されているのかを含め俯瞰したい。
アプローチとして三つの視点をあげておきたい。
一つは現代社会において地域活動をどう評価し、その問題点をまずは住民の合意形成過程において洗い出すこと。
二つに、合意形成過程を過去の地域活動の経験を愛媛の地域活動家、稲葉峯雄をとりあげ、彼の思想的基盤が人々の合意形成過程にあたえた影響を明らかにすること。
三つに、愛媛県南予地域の具体的な活動を、地域活動の基礎を知る切り口として位置付けること。
以上三つの視点から地域活動の指針を現代社会に問うものである。但し、本研究は地域活動における経済的波及効果については言及を避ける。まずは、人との繋がり合いの中で言及してから、経済について考察するとしたい。ここでは、住民の地域活動に対する繋がりの再読し、現代社会において再評価することに主眼がある。
概要
1、地域活動を再評価するということ
( 1)地域活動をどう見るか
過疎や高齢化など様々な問題を抱えつつある地域社会において、昨今既存の地域社会にはない新たな価値観を持った地域づくりの必要性が高まってきている。それには、三つのキーワードがある。一つに、住民や外部者とどのような関係を築きあげていくのか。次に地域を盛り上げるために地域内外を問わずいかに巻き込めるか。最後に地域課題を自分たちの手で解決しつつ、それを後世まで持続可能な地域にするにはいかにとりくむべきかが重要である。本研究はそこを今一度考える試みとして位置付けたい。地域づくり活動のあり方そのものを問う場合、本質的に地域の自主的なものに言及が必要であろう。その先に地域行政の支援や人材投入の必要性が問われるのであって、まずは地域そのものが問題に対しての主体性をいかに築くことができるかが肝心だ。この構築のあり方次第では大きく地域の舵取りは変わってくる。
さて、こうした研究の視点を定める上で肝心の現在における地域活動について言及しておきたい。
( 2)地域づくり政策や行政アプローチとして
現代社会において地域づくりや地域活性化という言葉は多くの関心を示すところである。昨今、地方消滅論が展開される中で、地域人口の減少と東京都心への一極集中型を問題視することが話題を呼んでいる。その波は地域社会に大きなショックを与えるとともに、地域の見直しが今急がれている。そうした中で、総務省をはじめとする省庁は地域おこしを念頭に置いた様々な取り組みへの財政処置と、そこに人材投入が行われている。
しかしながら、そうした人材投入によって地域がどう変わるのかという検証がない場合もあり、その効果がいかに持続的であるかどうかは不透明である。こうした反省もないままに今後地域への投入を続けていれば、地域コミュニティそのものにうまく呼応できないままに、行政や国の事業が独り歩きしてしまって住民側の声はそこに届いていないことになる。つまり、行政側の地域住民らとの合意形成に問題があると言える。そこには地域づくりの本質が、どこか住民の手によるところよりも行政側の管轄に位置付けられているからであろう。
( 3)地域住民側からのアプローチとして
そうした問題がある一方で、地域の自主的な参画によって成り立つ活動もある。地域団体や NPOなどの組織による地域密着型の地域づくりの傾向といえる。こらは地域住民の内在的な問題意識が、地域内で共有されそこから課題を解消し、地域を豊かにさせることへの住民自らの行動と言える。ただ、これにも問題がある。地域内での観測であるがために、普段習慣化しているものをどう考え直すかという部分においては、どうしても外部的な意見が必要不可欠である。そのため、先の地域おこしの人材投入は、地域にとってはある意味救済策と言っていい。外部の視野を入れることで、多様な見方を地域に見つけられる可能性を秘めている。その意味では双方の調整をいかにとりもつのか、そうしたところも大きな課題と言えるだろう。つまり多様な価値観をどのように収束していくのかが今の地域づくりをはじめとする地域活動には必要ではないか。
( 4)生活史から再評価する地域活動
そこで、本研究のアプローチとして、多様な価値観を持つ地域の生活史、とくにライフヒストリーの視座から地域活動の歴史を概観する。過去の地域活動を今現在においてどう規定し、評価するかにおいてのみ有効な証言として提示する。
今後の展望としては、過去の地域活動の記録を評価することを通じて、現在の地域コミュニティの長所短所を読み解き、調査活動を続けていく過程で、住民の主体的な地域活動の構想に期待したい。
2、地域活動の本質を問うー稲葉峯雄から学ぶー
( 1)地域活動のモデル
過去の地域活動を取り扱うにあたり、その指標やモデルをどこに求めるかということはかなり重要なことである。地域活動そのものも多様なニーズから生じているのであり、その構成や行動などは多様である。
ただ、地域活動が多様であるならば、それぞれにおいて多様な捉え方が可能であると同時に、再評価をする際において多角的な視野でそれを論じることができ、それもまた地域づくりには大いに役立つものである。ここで取り上げるのは愛媛県の事例であるが、それであれど、他の地域の活動と照らし合わせてみた時、学べることは多様であり、また反省すべきところも大いにある。
( 2)地域活動における稲葉峯雄の存在
地域活動は何も愛媛だけでない、多様な時代、多様な場所で多くの組織や個人が関わりながら行ってきたものである。愛媛県をそこの中から導き出したのは、稲葉峯雄という人物が記した『草の根に生きる』が大きく影響している。この本は昭和 40年代に岩波書店から発刊されたもので、当時愛媛県庁に身を置いていた稲葉峯雄が、それまでの自身の地域における保健活動や社会教育活動に関して、そのあり方そのものについて地域活動に関わる人々にあてて提言したものである。稲葉峯雄は、単に保健衛生に触れるのではなく、それを通じて見える人々の暮らし、そこから学び取れることについて記している。筆者は、この著書に触れて、地域活動を考えるにあたり、稲葉峯雄がいかなる視野で、そして志で地域を捉えようと試みたのかは、一つの地域活動の可能性を考える上で非常に興味深いと考えた。地域活動の本質における住民の主体性づくりに奔走した稲葉峯雄と地域活動は一つの道として描かれるべきである。
( 3)地域活動の本質を改めて問う
稲葉峯雄の足跡を追い、そこから学び得ることは、住民の主体性を地域がいかに作り出せるのかということである。地域活動は、住民の合意なしにはなし得ない。これは持続的な活動を展開する上ではなくてはならない要素である。
地域の方向性を示すにあたり多様な価値観をどうみつめ、まとめあげるか、そこが問われるところであるため、地域づくりの場においてはそうしたまとめ役を置く。そのまとめ役がどういう立場であるかということも必要であるが、住民らとの関係性において、その繋がりがいかに強固であるかが肝心となる。これは外部者であっても同じだ。稲葉峯雄は地域活動に触れて、外部者を助言者として位置付け、その助言のあり方に注目し、またその言動に注意しながら地域をまとめ上げることを強調している。稲葉が述べたかったのは、それこそ住民との接合点において、自身や外部者、また多くのまとめ役の姿勢である。
これは現代における地域活動においても同様のことが言える。実のところこうした役割はどこか行政主体になり、助言者側が前面に出てしまっていると言える。住民は受け手に徹するか、もしくは参加を拒否するかそうした選択肢しかなくなる。地域づくりにおける稲葉峯雄の主張は、そうした地域活動の運営に対する提言でもあるから、これを見直すことは地域にとって、その方向性のあり方を再考するためには欠かせないと見る。
3、愛媛県南予の地域活動を俯瞰する
( 1)稲葉峯雄と地域活動
稲葉峯雄は、昭和30年代より宇和島保健所の衛生教育担当者として南予を中心に、多くの集落を歩いて周り、人々の声に耳を傾けてきた。『草の根に生きる』はそうした足跡が記されており、南予で出会った人々、活動などを多角的に提示している。なかでも、南予から発した草の根運動や地区診断について詳しく記している。
草の根運動は、社会教育的な取り組みで、地域の公民館を起点として行われた運動である。内容としては読書運動から受胎調節運動など多方面にわたり、地域課題もさながら地域コミュニティの見直しを含めた活動が活発に行われていた。稲葉は衛生教育担当者としてというよりも、社会教育者として婦人運動、青年運動に関与していた。
地区診断とは地域の保健衛生そして生活環境などを含めた総合的な調査と、それによる分析、さらに地域住民を集めての説明や地域課題に対する取り組み全般を指す。稲葉はこの診断を愛媛で提唱し、鳥取大学の加茂甫とともに実践に結びつけたのである。この診断の目的は、地域の健康を測るものとしてもそうであるが、それ以前に地域生活をいかに地域住民自らが捉え直し、それでいて活動していくのかを問うものであった。稲葉や加茂の構想していたのは、住民の主体性の構築と、住民自身による生活改善の高揚を期待してことであろう。
( 2)地域活動を知る手がかりとしての南予
このように愛媛県南予地域において稲葉峯雄の存在は大きいものであり、彼の活動はその後の地域活動の理念にも大きな影響を与えている。本研究で地域活動を取り上げるにあたり、稲葉峯雄と地域活動の関係性や構造を捉えることは、地域活動が基礎の部分でどのような理解が示され、そして共有され、また活動へと昇華されていったのかを知る手立てとなる。
具体的なアプローチとしては愛媛県北宇和郡鬼北町下大野、宇和島市三間町増田をまずは捉えてみたい。下大野は地区診断発祥の地であり、増田はその終息の地でもある。両者を比較することはしないが、地区診断がもたらした波及効果について調べる足がかりになる。本地域を選定したのは、稲葉峯雄の教え子にあたる保健師の協力からである。
地域活動を捉えるにあたり、その全体像はかなり広範囲なために捉えずらく、糸口が見えにくい。そのため、稲葉峯雄が宇和島保健所から県庁にうつり、そこで関わりを持った人々に聞き取りを行う過程で地区診断が一番構造的にも理解が深まりやすいと焦点を絞りそこから広めていきたいと考えた。
勿論、社会教育面での活動にも徐々に触れていきたい。稲葉が目指したのは保健の普及もさながら、地域の人の繋がりの中で地域をどう捉えるかという学習の視座であり、ここが地区診断の根幹にも位置付けられることから同時並行で考える必要はあろう。これには農協婦人部の活動が大きなものとして捉えている。農協婦人部は、それぞれの地域で冊子を綴り、そこでの学習姿勢を貫いている。この冊子をもとにそこから導き出されること、また関与した農協婦人部の人々の証言を加えることでその姿勢を垣間見たい。
4、むすびにかえて
繰り返すが、本研究の手法としては個人からの回想録をもとに記述しておきたい。活動史を概観するのではなく、当事者の個人史における活動がどのようなものであるかが大きな焦点となる。
地域活動は団体活動であり、その結合や組織性、関係性は大きな鍵として見ることは従来の多様な学問で取り上げられていることだ。しかしながら、地域活動は何も活動する側だけではない。その受け手が存在しての活動であり、そこには個々人の多様な価値観が存在し一枚岩とは言えない。そこで、本研究のアプローチを単に地域活動の団体の行動として表すだけにとどまらず、その合意形成過程から個々人がどのような態度でそこに依拠していたのかを探ることとする。
現代において、多様な地域活動がその方向性を巡って議論を交わし続けているが、いずれも団体側、住民であれ行政であれ、その担い手の言葉として語られるきらいがある。それは、多様な価値観をどうまとめあげるかが必要であるから、どうしても活動全体の方針にとどめておきたいという意味合いを含んでいるからだ。だが、多様な価値観があるならば、そこにどうやって合意形成を持つのかという過程が本来は重要視されなくてはならない。ここに、その過程を具体的に取り上げることで地域活動の基礎を省みることとしたい。
0 件のコメント:
コメントを投稿